石造板五輪塔(三重県指定)
鎌倉時代 弘安八(1285)年
代表的な鎌倉中期の五輪塔の一つで、石を組み合わせたものではなく、花崗岩の板状の一石を五輪塔に刻み、四面に梵字を彫った珍しい形式で、三重県下最古のものである。
高さ1.7m 幅0.43m 厚さ0.27m
同五輪塔は、奈良東大寺大仏殿を再建した重源上人の母である、願阿の三十三回忌供養のために建立されたものと伝えられている。
仁王門(津市指定)
江戸時代 貞享元(1684)年
朱塗りの山門は、二層から成る楼門で、上層は奈良法隆寺金堂・塔・中門に酷似している。下層は当地では使用例の少ない大仏様系の操形を用いるなど、技術的意匠的性格は極めて特異である。
下層正面左右には、2.2mの仁王像、背面には0.75mの増長天と毘沙門天が安置されている。
如意輪観音菩薩坐像(津市指定)
鎌倉時代 建仁元(1201)年
当初は仁王門の二層部に安置されていた像で、現在は本堂内に移している。寄木造からなる像高1.01m六臂輪王坐の如意輪観音坐像である。
頭部、腕、持物等は江戸時代に後補され、それらを除く体幹部、左右膝前材、及び宝冠部が当初のもので、抑揚に富み、かつ流麗で作域の優秀さを示している。
特に膝前の衣文の造形は、軽やかに表されており、その制作年代の古さを示している。
銅灯籠(津市指定)
江戸時代 貞享二(1685)年
高さは、2.4mで本堂前の正面に建てられている。
この銅灯籠は、久居藩初代藩主藤堂高通公により寄進されたものであり、灯籠の竿部、傘部、中台部に刻まれた銘文、施主紋からそれを知ることができる。
なお、施主紋として、「藤堂蔦」の他に、「三頭藤巴」が浮彫りで飾られているが、この紋は藤原姓を名乗っていた武将が用いていたものであり、藤堂家もこの紋章を用いていた。